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   スパルタ人のように生きて

                        さっきまで頭になかったものを

最近、言葉が足りない

 ふと、自分の頭の中に「言葉が足りない」と思うことがある。自分の中に思考、考え、あるいは意見のようなものがない様な感覚といえばそれと近いかもしれない。その感覚は、ある時はふっと気がついて、またある時は「そういえば最近言葉が足りない気がする」という風にぼんやりとうっすら気がつくときもある。

 言葉が足りないというのは一体どんな状況なのかというと、あまりにも頭の中が空っぽという名の何かに満たされている感じというと、より近いかもしれない。「空っぽ」に「満たされている」というのはいかにも変な表現になってしまったが、これは「頭が空っぽになっている状態」と区別するためにあえてそうした。この場合、頭が空っぽの時とはちょっと違う。たとえば頭が空っぽの時というのは、極限まで疲れていてもう限界だと思う時とか、あるいは逆に休日の昼間寝すぎて頭がボーッとしてうまく働かない時のことをここではさすことにしよう。一方で「言葉が足りない」状況というのは、たとえば、自分の中に意見とか考えてることはあるのだけれども、それが生成されてから消費されずにもやもやしながら空中に浮遊している様子を思い描いてみる。一旦考え出された意見とかアイディアなんかが、使い道もわからずに暇を持て余してそこらへんに所在なさげにただぶらぶらしている感じというとどうだろうか。

 どんな時にこうなるかというと、可もなく不可もない生活が続いた時が多い気がする。その日の12時にまでに提出しなければいけない課題に追われていたり、5日先まで予定がいっぱいで埋まっている時なんかにはまずこんなことは思わない。反対に、やるべきことはあるけど自分の守備範囲に収まっていて余裕があったり、埋まっている予定が楽しみなことばかりな時も、またこうはならない。要は、頭がある種の「平凡」に埋め尽くされていると、言葉が足りないというふうに思うだろう。

 この状況を脱出するためには、人と会って話すのが一番だ。特に、日頃話してないけど信頼できる昔からの友達なんかがいい。話す内容はなんでもいいけど、なるべく自分の気持ちから遠ざかるくらいのものがちょうど良い。たとえば、最近読んだギャグ漫画の話とか、昔の共通の面白い思い出なんか。なんで人と話すのがいいと思うのかというと、そうすることで気づかずに出て行った言葉が戻ってくる気がするから。自分の発する言葉と相手の発する言葉で、自分の中で言葉がたまってくる、そんな気がしてくるから。