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   スパルタ人のように生きて

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よくある日本人批判に物申す|社会不適合者なんていない

雑記

今回の話は、「よくある日本人批判に物申す|社会不適合者なんていない」

 

よくある外国人と比較した日本人論って、

 

  • 自分の意見が言えない
  • 集団行動を好む
  • とにかく真面目で働きすぎ
  • 自尊心が低い
  • 内向き志向

 

なんていうのがあるけど、それってちょっとずれてない?というのが結構ある。

 

新聞の教育欄なんかでも、「今は知識を詰め込む暗記型の勉強より、アクティブラーニングだ!」なんてのも見かけるけど、正直、今更感と「変えるのそこかいっ!」って突っ込みたくなるものもしばしば。

 

「そもそも日本人は〜」みたいに1億人超の人間をひとくくりにすることから間違ってると思うんだけど、それ以前に、あまり問題じゃないものをわざわざ引っ張ってきて騒いでる感とか、「それは日本人の問題じゃないよ!」って言いたくなることがある。

 

外国で暮らすならともかく、日本で日本人として暮らしてく中では結構必要ない能力なんじゃ...みたいなものを正直に書いてみるぞ。

 

 

「自分の意見が言えない」は本当?いや、意見は結構みんな持ってるよ。

 

例えば代表的なのがこれ。「自分の意見がない、言えない」

 

むしろ、これこそ、日本社会で生きていくのに必要な能力であったりすると思うんだけど、どうだろうか。

それに、生きてる限り思った事考えた事が0の人なんてやっぱりいないよ。

 

例えば、井戸端会議なんていうのはどうなっちゃうわけ?

あれ、めっちゃしゃべってるでしょ!!

意見言えないどころか、相手に納得させるくらいの勢いで話してるよね。喫茶店とかファミレスとか行っても、女子高生からおじさんおばさんまで、意見の塊みたいになってるよね。

何が言いたいかというと、意見はみんな持ってます。

みんな何かしら考えてるんだよ!(それが文句か不満かはさておき。)

 

言えないのはモデルがいないからでは。

 

昔から日本では上に逆らわないことが、安心して生活できる条件の一つだったように思う。ことわざの、「言わぬが花」「話し上手は仕事下手」「能ある鷹は爪を隠す」っていうのは、どれも寡黙であることを好んできた証拠。まさに、「出る杭は打たれる」社会だったわけです。それをいきなり変えようとするのは、実態と異なると思う。

 

だから会議とかでも聞き役になりがちな人が出てくんだと思うんだけども、それを打開したかったら「もっと意見を出せ!」っていうんじゃなくて、上の人がお手本を示さないといけないと思う。

 

パズルは完成図を見ながらピースをはめていくように、何をするときも、まずお手本があってそれを見て人って成長していくと思うんだけど、ここには肝心のお手本がいないのが日本の致命的な所。

 

そう、モデルがいないんですよ〜!

お手本になる人がなかなか見つからない!(今度のテーマこれにしてみようかな。)

 

で、社会はあまり変わらず、結果的にやはり「言わない」方が得する社会のまま。

逆にそれがない人は社会不適合者(この言葉が出来ること自体問題視すべき。)だとかなんとか言われて、自分はできないって思っちゃう。

 

でもそんな人に聞いてほしいけど、間違っても自分だけがそうで、悪いってことはないってことが言いたい。

そもそも「もっと意見をいうべき」とか「働きすぎ」とか言ってる人って、口でそう言ってるだけで、自分は何にも行動できてない人が多いから。

今の社会と、今の社会で求められてるものの実情が違いすぎるだけ。

それに絶望なんてする必要ないない!!

 

社会に不適合な意見たち

 

だから、一番先に書いた

  • 自分の意見が言えない
  • 集団行動を好む
  • とにかく真面目で働きすぎ
  • 自尊心が低い
  • 内向き志向

っていうのは、これら自体が今の日本に不適合な意見だと、つよく思う。

日本人は日本っていう国で生きるために必死にやった結果だから、それで誰も凹むことはないよ、うん。

 

「言わない」方が得する社会で、あえて「言う」のは勇気がいるし、リスクも高い。

レベルアップしたくて言ったはいいけど、それが原因で落ち込むことになったら本末転倒。少なくとも、俗に言う日本的社会に生きてる限り、ちょっと周りと馴染めなくて社会不適合者なんて言われても気にしないで、周りの意見だけじゃなくて、自分の事をもっと信じてみて欲しいと思う、今日この頃でした。