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   スパルタ人のように生きて

                        さっきまで頭になかったものを

頭に残しておく派VSメモ派

 確かに書きたいことがあったはずなのに、いざパソコンを開いて書こうとするとすっかり忘れてしまう。よく有名な先生なんかは、「メモなんか取らなくても本当に大切なことは覚えているものだ。」という趣旨のことを言うのをよく聞くが、それって本当なんだろうか。世の中のいろいろなことがすぐに忘れられていく中で、人の記憶に残るものって一体なんだろう。

 まず一つは、一瞬で覚えてしまうような衝撃的な事件とかだろうか。確かに大火事があって一晩で街が焼けたり、どこかの国で大きな災害があって今も何人も閉じ込められているといったものは、その時はひどく頭に残るけれども、どうも人間という生き物は自分に直接関係のないものは比較的単純に頭から忘れてしまうような気がする。だから「被害を風化させてはいけない」という当たり前だけど忘れがちな教訓がしばしば聞かれるのだと思う。あるいは感情にひどく訴えかけるものも記憶に残りやすいかもしれない。うまく言えないけれども、あえて例えるなら3日間残業詰めでやっと解放された時にコンビニに寄った時に言われたコンビニ店員の「お疲れ様です。」の一言で涙が出てきそうになったり、自分は悪くないという確信があるのに激昂されてなんでこんな目に会わなきゃいけないのかとか思いながら食べるおでんの味だったりすると思う。

 つまるところ人間は感情で動く生き物なので、自分や他人の損得、喜びや悲しみ、あるいは憎しみとか嫉妬みたいなネガティブな感情とか、告白されて嬉しいとか宝くじに当たってホクホクみたいなポジティブな感情に(知らず知らずのうちに)突き動かされて行動しているのだと思っている。広く世の中を見渡してみると、なるほど世間はそのようにできているのだなと思わず確信することもある。ライバル同士が手を繋ぐのも、昨日の味方が今日の敵になるのも、単に効率とか損得とかを考えた上での決定だったりする。

 それなら感情にあまり訴えないものは忘れやすいからメモしておいたほうがいいのだろうか。これはこれで考えものだ。第一、人間1日6万回も思考しているそうだからいいアイディアだと思うものだけでも記録していったら莫大な量になってとてもじゃないけど書ききれない。万が一書ききれたとしても、書いたものを読み返す時間なんてありはしない。読み返せないものを書いても今度は書く気が失せそうだ。

 頭に残るものを思い出すのも難しい、メモを取るのも問題あり、果たしてどちらが最善の策なのだろうか。